cuwaterpolo 2章

鎌倉街道沿いの七曲(ななまがり)という通りにさしかかったところで七瀬と漕ぐのを交代しようと肩を叩いたが、彼はそのまま自分で漕ぐと主張するので家の近くまで乗せてもらうことになった。この道はペダルを漕ぐというよりもむしろブレーキを握り締める手が痛くなるほどの下り坂だ。マンションの建設が道路の両側で行われ、歩道には鉄筋やカラーコーンが散乱している。彼は歩道から道路に下り、スピードを上げながら言った。
「なあ、マリア。この道、昔はカーブが七つあるから七曲っていうのに、今は真っ直ぐに補正せれてカーブがなくなって変な感じ。でもさ、名前は変わらないんだ。どうしてだか知ってる?」
「土地の名前なんて普通は変わらないでしょ。」
「甘いな。ここは、道路沿いに七つラブホがあるから七曲なんだよ。ほら、一つ目、パラダイス。二つ目、シンデレラキャッスル。」
そう言って七瀬はホテルの看板が見えるごとに名前を読みあげカウントし始めた。
「変態。やめなよ。周りの人に聞こえるよ。」

私は前を向きながら彼にそう叫んだが、彼は最後の七つ目のホテルまで言い切って満足そうに笑った。彼の無邪気に騒ぐ姿を見ておそらく元気になったのだと確信した。精神的には私よりもずっと強いと思っていたし、きっと自殺しようとしたのも何かの突発的な理由なのだろう。私たちの年頃は矛盾した社会、大人の不都合ないいわけ、そして受験のことで、日々ストレスにさらされ、心が敏感であるから。

忠告もむなしく

忠告もむなしく七瀬は私の髪をさわり、髪の状態についてぶつぶつ何か言っている。
「このピアスきれいだな。マリアに合ってる。上品なかんじが。」
「一年の美術の時間に作ったんだ。うすい鉄板に石の粒子を何種類かのせて高温で加熱すると溶け出すの。冷やすとこうやって透き通って固まる。世界に一つしかないから気に入ってるの。」
「これって何色?」
「エメラルドグリーン。」
私は今日の授業で黒川が言っていた創造の意味について知りたかったので、彼に先生の話の内容を伝え、意見を聞いてみることにした。七瀬は私の頭から手を下ろし、ティーカップに口をあて一口啜ってから言った。
「ソウゾウ?イメージするほう?それともクリエートするほう?」
「クリエートするほう。」
「ああ、そっちの創造ね。まあそのピアスがそうだろ。お前、気に入ってるって言ったろ。他には、そうだな。例えば、俺たちがハネムーンに行くとしたらどうする?」
「え、またハネムーンの話?なんであんたとハネムーンなの?別の例えにしてよ。」
「いいだろ例えなんだから。ハネムーンに行くとしたらまず何をする?」
「日にちと行き先を決める。」
「それから?」
「海外だったら飛行機を予約して、宿泊先も予約する。」
「それから?」
「え、面倒くさいな。全部旅行会社にやってもらうでしょ普通。」
「だろ。たいていの人はそうするよな。旅行会社に行ったらきっとパンフレットをいっぱいもらって、この中からお選びください、オプションサービスもついてます、って言われるだろ。それでその中から選択する。安全で快適な旅になるだろうな。きっと。ガイドさんがいれば迷うこともないし、分からないことは全部教えてくれるから。ことばが全然通じない国に行ったってガイドさんがいれば言いたいことを全部伝えてくれる。だけどそれって本当に楽しい旅か?わくわくするか?」
「海外に行ったことがない人はそれでもわくわくすると思うよ。でも何回も海外旅行に行ってたらたぶんしない。」
「だろ。じゃあこれはどうだ。自分で育てた木を使って自分でボードを作って、港まで持っていって、そこから自分の好きなように旅をする。楽しそうか?」
「何それ。すごく面倒だよ。七瀬はどう思う?」
「一生忘れられない旅になるだろうな。」
そう言って七瀬は窓の外を見つめ笑みを浮かべた。彼の説明でようやく分かったような気がする。私はマシュマロのことを思い出し、今度時間があるときに、自家製マシュマロに挑戦してみることにした。チョコ、ストロベリー、ブルーベリー、オレンジ、いろんな味が楽しめそうだ。
「じゃあ出るか。」
「え、まだ飲んでるんですけど。」
「ほら、いくぞ。」
七瀬は紅茶を飲み終わったとたん立ち上がった。私はケータイの画面を開いて時間を確認した。入店してから一時間以上経っている。
「一人で帰りなよ。私は残る。電車さっき止まってたけど、もう動いてるでしょ。」
何を思ったのか彼は私のバッグを手に取り、店を出ようとした。
「ちょっと、持って行かないで。」
と私が言うと、
「早くしろ。」
「だから、まだ飲んでるの。」
彼は席まで戻ってきて私からコーヒーカップを取り上げ、まだ半分以上あるホットチョコを一気に飲み干した。
「あめー。お前よくこんなの飲めるな。」
結局私は彼の行為を理解することはできず、いちいち腹を立てても何も解決しないので、ただ慣れるしかないということに気づいた。カフェを出て、二階にあるビルと駅の渡り廊下を直進しようとする私に彼が言った。
「マリア、電車?」
「うん。」
「じゃあ、今日は気分を変えてこっちの道。」

彼は下りエスカレータに腕を引っ張って私を誘導するので私は引かれるがまま、
一階の出口まで連れて行かれた。ビルの脇にある駐輪場の前で待っているよう言われ、
彼はシルバーの自転車を押しながら駐輪場から出て来た。

「ほら。」

「ほらって何が。」

「マリアが漕ぐんだよ。」

「嫌だよ。疲れるし。七瀬いつも電車じゃないの。このあいだ駅で見かけたよ。電車で帰ろうよ。」

「わかった。俺が途中まで漕ぐ。そうだな、だいたい二キロ。鎌倉街道が見えたら交代だ。」

「何それ。」

「半々だ。文句ないだろ。男女平等。」

「じゃあ、乗ってく。鎌倉街道から下り坂だから楽だし。お願いします。」

七瀬の肩に掴まって私は自転車の後ろに立ち乗りすると彼はゆっくりとペダルを漕ぎ出した。

「なあ、マリア。男女平等について今の社会に不満はある?」

「ないよ。特に。これからはあるかもしれない。そっちは?」

「俺は今のところひとつだけある。なんで体力測定のとき女子は八百メートルしか走らないのに、男子は千メートルなんだ?」

そんなの男子のほうが体力があるからだと心の中で思ったけど、七瀬ワールドに一歩踏み込んだ私はこう答えた。

「いつか女子も千メートルになるよ。」

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