ブルーパールは叔父の話

ブルーパールは叔父の話を自慢げに話し始めた。みんなまるで七瀬の話し方を真似しているようにも感じた。七瀬はいつも自分のペースで話を進め、人が理解していようがなかろうが全く気にしない。たいていの人は彼のことを不思議な世界の人だと思って遠ざかって行くが、彼の魅力に取り付かれた人は一緒にいるだけではなく、彼の真似をはじめて不思議な世界を築き上げる。彼は別にそれが良いとも悪いとも思ってないらしく、一見教祖七瀬による宗教にも思える行為は広がることも無くなることもない。コーヒーカップを持って戻ってきた七瀬はカップを私の前に置くと隣に座った。
「ほら、マリア。召し上がれ。」
「うわ、何これ。マシュマロが浮いてるよ。おいしそう。カフェラテじゃないみたい。これ何って言うの?」
そう言って私はカップに添えられたスプーンでマシュマロを沈めて溶かそうとした。
「スペシャルオーダーだ。コーヒーじゃなくてホットチョコにココアパウダーを塗してマシュマロをポイっだ。」
七瀬の友人三人はまだ私のことを注意深く見ながらにやにやしているが、気にしないでホットチョコを啜った。
「おいしい。」
「だろ。」
七瀬がそう言うと、三人はバッグを持って立ち上がり席を去ろうとした。
「それでは、七瀬君、マリアさん、よいご旅行を。」
インテリメガネが七瀬の肩を叩きながらそう言った後、他の二人も同じようにして去っていった。私と七瀬は窓際の中央に座っていたが、後から来た客が窓際に座りたさそうだったので、私は右端に移動しようとした。
「ねえ、七瀬、あっちの隅に座ろう。」
「ああ、いいよ。」
私が席に着くなり七瀬は隣にゆっくりと腰を下ろした。
「ねえ、それじゃあ、他のお客さん座れないよ。正面に座りなよ。」
窓際の八人席はテーブルが四つになっており四組しか座れない。客が三時を過ぎたころから入りだしたので、まるで母親になった気分で注意したのだが、七瀬は、
「俺はマリアの隣がいい。正面は嫌だ。」
と小さい子供のように駄々を捏ねた。私がため息をつくとまた彼が言った。
「正面に座るとうまく話ができないんだ。向き合ってると喧嘩してるみたいに感じる。隣に座れば話し相手と同じ方向で同じ視線でものが見えるから。」
「わかった。」
私はできるだけ彼の意見を尊重してあげることにした。そしてさっきの彼の友人について訊いてみた。
「何なのあの三人。意味不明。あんたの真似してるみたい。」
「何が?」
「初対面なのに、結婚おめでとうって言われたよ。不思議ね。」
七瀬は済ました顔をして言った。
「意味なんてないさ。人がすることに意味なんてないんだ。理解しようとしなくたっていい。ただその場が和めばいい。あいつらはお前を傷つけたか?嫌だった?」
「別に。ただ変な人たちって思ったよ。」
「じゃあ、いいじゃないか。あいつらだってそう思われたくて言ったってことで。」
確かに迷惑はかけられてないけれど、七瀬の言ったことが腑に落ちない私は黙々とホットチョコを飲み続けた。彼はコーヒーショップで邪道にも紅茶を飲んでいる。
「マリアはどうするの、これから?」
「え、何が、進路のこと?大学に行くよ。指定校推薦狙ってる。学校の成績と小論文と面接だけで大学に行けるから。それに十一月には結果が出るし。早く受験から開放されたい。」
「まさに少子化の恩恵だな。俺は成績悪いから無理だけど。」
彼はそう言っているが、入学式の新入生代表のことばで首席だった彼が挨拶したことを忘れてはならない。高校に上がってからは学校の勉強には力をいれなくなっただけだ。
「それで、マリアは大学で何を学ぶんだ?」
「英文学。母さんと同じにすることにした。」
「そういえば、マリアの家、英語の本がいっぱいあるよな。お前読めんのか?」
「全部は読めないよ。辞書を使って少しずつ。一冊読むのに、はじめは一年以上もかかったんだよ。たいていは訳本を読んで、気に入ったのがあったら原文で読むようにしてる。たまに訳者と解釈が違ったりして自分で考えることができるから。日本語にはない表現もあるし。」
「そうなんだ。英文学なら、ほら、王様とか姫が出てくるやつ面白いよな。シェイクスピア。でも今どき読む人なんていないんじゃない?映画は見るけど。」
「そうなの?でも読む人が少なくなってもずっと読み継がれてほしいな。四百年以上も前に書かれた作品だけど、今の時代だからこそ私たちの世代に読んでもらいたいとは思うけど。生きていく中で今の人が失いかけている大事なことがいっぱい書かれてるし。よく考えれば基本的なことなんだけどね。」
「マンガになれば読むんじゃない?」
「それはありえないよ。イギリス国民がそうはさせないでしょ。それにマンガと本は別。」
「冗談だよ。」
七瀬は歯を見せて笑った。この間、由比ヶ浜で会ったときとはまるで別人だ。彼の中で何かが吹っ切れたような明るい表情をしている。

Just another WordPress site